剣道をやってみる【Do Kendo】 - 自己紹介

自己紹介

 

・管理人:ムネヒロ屋
・出身地:福岡県北九州市
・現住所:福岡県福津市
・武道の経験:柔道二段(中1〜高3)、剣道(小3〜小6)

 

私は、1970年代、北九州市の八幡警察署(現在は八幡東警察署)の剣道の道場に通ってました。

 

運営は、警察署の現役やOBの方によるボランティアによるものだったと思います。

 

防具は貸していただき、防具専用のロッカーを割り当てられ、自分で防具の出し入れをしてました。

 

弟と二人で道場に通う時は、竹刀だけ持ち、当時北九州市内にあった路面電車かバスを使いました。

 

森先生という怖い指導者がいて、掛かり稽古に、誰もその先生の列に並ばない中、私は勇気を出して並んで稽古をつけていただいた記憶があります。

 

昇級審査を受けた気がしますが、よく覚えてません。

 

小学校時代の思い出として、強烈な印象が残っているものがあります。

 

体育の時間で、あるクラスとの男子全員の相撲の対抗戦をした時、我がクラス男子が次々に負ける中、結果的に私一人だけが勝ったことがありました。

 

相手クラスの中には、ものすごい形相で向かってくる男子がいたり、体格がいい男子がいたりで、我がクラスは圧倒されてました。

 

勝つ方も負ける方も、連鎖反応というのは怖いものです。

 

我がクラスは全員負けそうな雰囲気でした。

 

雰囲気はそうでしたが、私は、自分だけはまったく負ける気はしませんでした。

 

自分の順番になった時、相手も勢いでこちらをなめたような顔つきをしてましたが、偉そうでごめんなさい、相手が間違ってましたね。

 

私は秒殺で相手をふっ飛ばしました。

 

良い思い出です。

 

 

小学校では、部活で水泳部に入っていたので、疲れて帰宅してから剣道を習いに行っていたのです。

 

寡黙でしたが、いわゆる体育が大好きな小学生でした。

 

中学から高校卒業までの6年間は、福岡県宗像市で柔道をやってました。

 

弟は、小学校から高校まで北九州市で剣道をやり、福岡市内の強豪高では主将を務めました。

 

 

父は、宮崎の高校時代、ラガーマンでした。

 

当時(昭和24年)、九州では、北部九州代表(福岡高校)と南部九州代表(宮崎大淀高校)の2校が、高校ラグビー大会に出場したのです。

 

父は南九州代表として、まず福岡に立ち寄り、古豪の福高と練習試合をしてから大会に向かったそうです。

 

試合会場は近鉄花園ラグビー場ではなく、西宮球技場だったようです。

 

 

叔父は、剣道五段、居合道(元福岡県剣道連盟 居合道部理事)教士七段の資格の持ち主で、侍のような人でした。

 

叔父宅の真剣は遺族が処分したようですが、刃が木製の刀は床の間に飾られています。鞘の模様はお気に入りだったうずらの卵の殻だそうです。

 

木製刀(うずらの卵の殻)

木製刀(うずらの卵の殻)

 

 

従弟も、剣道をやっていました。

 

 

そして、我が家の長男が、2013年春、中学で剣道を始めたところです。空手は小学校2年から現在も続けています。

 

わが一族は、スポーツマンが多く、武道をたしなむ家系でもあります。

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